【12歳の僕が谷川俊太郎読み解いてみた#2】さまよえる未来ー僕にとっての朝はなんだろう 谷川俊太郎は「朝」という詩に何を隠していたのか

朝という詩を読み解く

 今回は前回に引き続き、谷川俊太郎さんの詩を読み解いていきたいと思います。

 前回の読み解き→https://tennoryuofficial-b2.com/157/

 谷川俊太郎 朝 詩→https://www.matatabi.net/Poetry/Tani_02.html

さまよえる未来

 僕にとっての朝とはなんだろう?僕にとって朝とはいまいましい時が多い。起き上がるのがつらいから、だから特に冬の朝は好きではない。この世界もそんな朝についての書き出しから始まる。この詩の世界観はどうやら僕の世界観の朝とは違うようだ。「朝がきてまた僕は生きていた」この詩の意味ってなんだろう?そしてこの文章は「柿の木の裸の枝が風にゆれ」などまるで荒れ果てたような世界なのか、と連想させられてしまう。そして「ぼくに人間とはなにかを教える」という文章が最後の方にある。この文章もここであわせて読むと人間が何か恐ろしいことをして世界を滅ぼしてしまった、という風にも感じさせられる。谷川さんは戦争時代を経験しているからこういった思いが詩に込められていてもおかしくはない。

そしてこの文章を読み進めていくと、この詩の内容にも、そして「朝」というタイトルにもかけはなれている、「今まで予習ばっかりしすぎたから」という文章が突然つづく。真ん中にこの文章があることが気になる。きっと谷川さんが意図的にいれた文章なのだろう。私はこれが谷川さんからのメッセージにしか感じられない。「テストでいい点取るだけが学びではない」予習、予習、予習、学校の勉強以外にも大事なものもきっと50%あるんじゃないの、という素朴な疑問に感じられる。未来を予習出来たらいいけれどそれって結構難しいこと、ときには広い自然にでて自分たちの両親の両親の両親達が作り上げた世界を体で感じてそして守っていかなくては、と感じることも大切ではないの、という谷川さんの率直の感想に感じられる。僕はこの部分をそういう風に読み解いた。

リフレインという言葉がある。繰り返すという意味だ。人間は過ちを繰り返す。「僕を殺すけものとすら この水をこの水をわかちあいたい」僕はこの詩の中でこの響きが一番好きだ。「わかちあう」という響きが好きだったからだ。未来はさまよえる未来、未来なんて明日失うかもしれないし昨日未来を失った人もいるかもしれない。だから未来はさまよえる。この「朝」という詩の主人公はそういった世界の中で同じ過ちをリフレインしないためにも、その希望の未来を奪おうとしているものとも未来をわかちあおうとしている。それって普通に信じられないことなのかもしれない。

「また朝が来て僕は生きていた」 また新しい日々が始まったということ。何気ないことだけれど本当は僕たちは朝が来てくれたこと、さまよえる未来があることを感じていなければならないのかもしれない。この「朝」という詩を読むとそういったことが体にストン、と私の体に落ちてくるのだ。そして僕にとっていまいましい寒い朝を、本当の「朝」に変えてくれる気がするのだ。

次回予告 次回は谷川俊太郎さんを読み解いてみたシリーズの最終回です。「へそ」を読み解きます。

 

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